こんにちは.
ぱいです.
BUMP OF CHICKEN の最新曲「クロノスタシス」, いい曲ですよね.
最近, 仕事中も数学をしている時もずっとこの曲ばかり聴いて過ごしています.
何度も聴いているうちに, じつはこの曲は, 有限体上の多項式環 が有理整数環 へ寄せる想いを歌っているんじゃないかと気が付きました.
今日はこの発見を解説します.
(注 : この記事は, 数学的な主張以外はすべて冗談です.)
まず, 記号の整理をしておきましょう.
は整数全体のなす環を表します.
は位数 の有限体を表します.
有限体 は, 位数が (: 素数, : 正整数) と表せる場合にのみ存在します.
は, の元を係数に持つような有限次数の多項式全体のなす環を表します.
多項式環 は, 以下の 6 つのステップで構成することが出来ます.
① 有理整数環 を用意します.
② 素数 を取り, 剰余環 を作ります.
③ を可算無限個コピーし, 直積 を取ります.
④ 有限個の添字 を除き となるような数列 を多項式 と見なし, そのような多項式全体のなす環 を得ます.
⑤ 次数 の既約多項式 を取り, 剰余環を考えることで有限体 を作ります.
⑥ ④と同様にして, 多項式環 を得ます.
なお, 他の構成方法もあるかもしれませんが, 位数 を固定したとき, 有限体 の存在は同型を除いて一意であることが知られています.
このように有理整数環 のもとから出発し一歩ずつ歩みを重ね, 剰余環や多項式環のドアをひとつまたひとつと開け へ向かう様子を表したのが, 以下に引用するクロノスタシスの冒頭の歌詞であるような気がします.
もう一度ドアを開けるまで
ノルマで生き延びただけのような今日を
読まない手紙みたいに重ねて
また部屋を出る
(BUMP OF CHICKEN, クロノスタシスの歌詞より引用)
その次の歌詞も見てみましょう.
明け方 多分夢を見ていた
思い出そうとはしなかった
懐かしさが足跡みたいに
証拠として残っていたから
(BUMP OF CHICKEN, クロノスタシスの歌詞より引用)
この「夢」や「懐かしさ」は, の構成の出発点である のそばに居た頃の記憶を指しているのだと思います.
構成手順 ① ~ ⑥ をすべて踏み多項式環 を得た後の話が, 次の 2 番の歌詞です.
ビルボードの上 雲の隙間に
小さな点滅を見送った
ここにいると教えるみたいに
遠くなって消えていった
(BUMP OF CHICKEN, クロノスタシスの歌詞より引用)
6 つもの手順を踏み から遠く離れてしまったかのように見えるかもしれないけど, 気持ちは「ここ () にいる」という, の切ない心情を歌っています.
歌詞はさらにこう続きます.
不意を突かれて思い出す
些細な偶然だけ鍵にして
どこか似たくしゃみ 聞いただとか
匂いがした その程度で
(BUMP OF CHICKEN, クロノスタシスの歌詞より引用)
この歌詞は, 多項式環 の代数的な性質を表していると思えます.
多項式環 は, 有理整数環 と代数的にとてもよく似ています.
例えば, 以下の (1) ~ (3) などが知られています.
(1) と は共に Euclid 整域である.
(2) の単数と の単数は共に有限個だけである.
(3) の Euler 関数 と の Euler 関数は共に広義乗法的である.
このような と の代数的類似を, 藤原基央は「どこか似たくしゃみ」, 「匂いがした」という言葉で表現しています.
しかし, この後のサビで, 起承転結でいう「転」が起きます.
僕の奥 残ったひと欠片
時計にも消せなかったもの
枯れた喉を振り絞って
いつか君に伝えたいことがあるだろう
(BUMP OF CHICKEN, クロノスタシスより引用)
と の代数的な性質は, 基本的には互いによく似ています.
その一方で, をどのように選んでも解消されないような相違点もあります.
そのもどかしさが「僕の奥 残ったひと欠片」, 「時計 ( や の選び方) にも消せなかったもの」といった言葉に込められています.
そして, 藤原基央が「枯れた喉を振り絞って」必死に「君に伝えたいこと」は, 以下の Nagao の定理なのではないかと推測します.
(このように推測する根拠は, 後で説明します.)
定理 (H. Nagao).
任意の有限体上の多項式環 に対して, 一般線形群 は有限生成となり得ない.
一方で, 有理整数環 上の一般線形群 は以下の生成系を持つことが知られています.
\begin{align} \mathrm{GL}(2, \mathbb{Z}) = \left\langle \begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 0 & -1 \end{pmatrix} , \ \begin{pmatrix} 0 & 1 \\ 1 & 0 \end{pmatrix} , \ \begin{pmatrix} 1 & 1 \\ 0 & 1 \end{pmatrix} \right\rangle \end{align}
このように, と はその環単体で見れば互いによく似た代数的構造を持っていますが, その環の上の行列環を考えると, 相異なった側面が垣間見えます.
3 番のサビの歌詞を見てみましょう.
この街は居場所を隠している
仲間外れ達の行列
並んだままで待つ答えで
僕は僕を どう救える
(BUMP OF CHICKEN, クロノスタシスの歌詞より引用)
ここで「仲間外れ達の行列」と歌っているため, 僕は上述のような推測をしました.
「行列」は文字通り数学用語としての行列を指していて, 「仲間外れ」は が有限生成性を持たないという異質性を指しています.
この後, サビはさらに以下のとおり続きます.
僕の奥 残ったひと欠片
時計にも消せなかったもの
枯れた喉を 振り絞って
いつか君に伝えたいことが
失くしたくないものがあったよ
帰りたい場所だってあったよ
君のいない世界の中で
君といた昨日に応えたい
(BUMP OF CHICKEN, クロノスタシスの歌詞より引用)
「失くしたくないもの」, 「帰りたい場所」とは, 一般線形群 の有限生成性です.
歌の主人公は, と の群構造の違いに苦しみ続けます.
そんな主人公に対して, 歌に登場する「君」は救いを差し伸べてくれています.
主人公は, ラスサビの部分でその救いに気が付きます.
ラスサビの歌詞を見てみましょう.
飾られた古い絵画のように
秒針の止まった記憶の中
鮮明に繰り返す 君の声が
運んできた答えを まだ
しまっていた言葉を 今 探している
(BUMP OF CHICKEN, クロノスタシスの歌詞より引用)
この「飾られた古い絵画」や「君の声が運んできた答え」は, 以下の Livingstone の定理を指していると考えられます.
定理 (D. Livingstone).
のとき, は有限生成である.
つまり, の上における一般線形群の有限生成性は, 行列のサイズを十分大きくすれば回復するということです.
この Livingstone の定理は, 上述した Nagao の定理よりも前から知られていました.
そのため, クロノスタシスの歌詞では「古い絵画」という比喩があてられています.
やはり, 藤原基央の書く歌詞は深いですね…!
なお, Nagao の定理の証明は, 以下の論文に載っています.
H. Nagao, On GL(2,K[X]), J. Poly. Osaka Univ. 10 (1959), pp.117-121.
Livingstone の定理も上の論文で紹介されています.
ですが, 証明は載っていなくて, 他の論文もあたってみましたが証明を見つけることが出来ませんでした.
そのため, 「しまっていた言葉 (Livingstone の定理の証明) 」を探している歌の主人公に, ついつい自分を重ねてしまいました.
証明をご存知の方がいましたら, ぜひ教えていただければと思います!
最後まで読んでいただきありがとうございました!